異文化理解ファイルNo. 3~日本人~
私は叫びたい。
日本人だいすき!!!
これは私自身が日本人だから、というそんな簡単な話ではない。
例えば、私がスロベニア人だったり、タンザニア人だとしても確実に
日本人だいすき!!!
と叫んでいるだろう。
まず日本人の良いところは、とにかく言ったことが出来る、と言うことだ。
私は仕事柄、指示を出すことが多い。
このレッスンをやって欲しい。
こうゆう内容を伝えておいて欲しい。
靴は靴箱にしまって欲しい。
携帯をいじらないでほしい。
子どもを見ててほしい。
等々を伝えて、まず一から十まで出来るのは日本人のみだ。(私調べ)
フィリピンは忘れたふりをしてやらないし、
ロシアは無視をすることが多いし、
アメリカなんと言うのはまず口ごたえから始まる。
日本人は絶対に、やってくれるのである。
こう聞くと、私の英語力の問題なのではないか、と思うかもしれない。
なるほどそれも一理あるだろう。
私の頭の中で出来上がってるイメージを、カタコトの英語で伝えるのは確かに全て伝わってる!と胸を張って言い難い。
しかし、私は日本人にも英語で指示を出すことが多いのでやはり感覚の問題な気もする。
とは言え日本人は本当に素晴らしい。
一度でも、海外に行ったことがあれば言わずもがなの話であるが
サラダについてくるドレッシングが《どこからでも切れます》となっているし、
雨の日に紙袋にビニールをかけるかどうか聞いてくれるし、
タクシーで基本的に運転手さんは道を知っている。
スーパーのレジの店員さんが店員同士でおしゃべりしてレジを打ってくれないことはないし、
水漏れがあったから電話してアポを取ったにもかかわらず翌日だと勘違いしてたこともない。
と言うことで私は日本人がだいすきだ!
では欠点がないか、と言うそうゆうわけではなく長所と短所と言うのはいつも表裏一体なもので、捉え方次第ではやはり文句のつけどころもある。
例えば、電車で通勤すると感じるのだが、
ギュウギュウに押し合ってるのになんと誰も何も言わない。
また降りるときにすみません。と言えばいいものを更に押して降りようとする。
言っとくがこちらは超能力を使えるわけではないので、あなたがどの駅で降りようとしてるかなんて知らない。
降りるなら一言声をかけるべきだ。
ただ、これは日本の文化と言ってもいいかもしれないがまず日本人はあまり思っていることを口にしない。
以心伝心
阿吽の呼吸
と言うように、沈黙を美徳とする文化がある。
まさかこのことわざを作ったときに、電車と言う乗り物ができてそれに人々がこぞって乗って、乗車率200%で押し合ってる
なんてことは想像できなかっただろう。
なので仕方がない。
また新たなことわざでも作るとしよう。
だいたいこんなの大した問題ではない。
ニューヨークでは地下鉄で急にパフォーマンスをし出す人もいれば、
マリファナを吸っている人もいる。
イギリスでは基本的に荷物から目を離せば確実にものが盗まれている。
シンガポールでは地下鉄に乗るだけで10以上の法律が作られており、ドリアンを持ち込めば罰金40,000円だ。
インドはだいたい電車から人がはみ出してる。
やはり日本は最強と言っていい。
ただ日本人はスタイルが悪い。
最近のこはスタイルがいい子が多いが、顔も正直欧米人と比べるとガッカリすることが多い。
私なんて言うのは、本当にこの人たちは同じ人間なのか。誰か偉い学者に納得する理由を見つけてほしいと思う日々である。
とは言え、日本人はそのコンプレックスを見事乗り越えている。
顔が薄いの悩んだ末、ヤマンバメイクという奇抜なメイクを生み出したし、足が短く寸胴なのを隠すために厚底ヒールを履いたのだ。
これをその昔流行ったヤマンバギャルと呼ぶ。
彼女たちは日本人に可能性を与えたと言っていい。
あんなこともできるのか、ああはなりたくないから、ではもう少し工夫すればなんとかなるのかもしれない。
そう思った女性は多いだろうし、
見事、今の日本人の女性達は上手なメイクでスッピンとメイク後の顔を別人にさせている。
私もその一人である。
コンプレックスを克服しているのだ。
私はやはりこう叫ばざる得ない。
日本だいすき!!!
と。
日本人は確実に、自分たちに誇りを持つべきだし、アメリカの機嫌を伺っている場合ではない、安倍総理。
君はまず、部下の失態を解明して誇るべき国民私たちに説明すら義務があるはずだし、
機嫌をとるなら私たち国民の機嫌をとるべきである。
私たちの機嫌を取っておけば確実にもっと生産性が良くなる。
この勤勉で真面目な国民を確実に味方にするべきだ。
私が総理大臣ならまず日本人と言うだけで、生まれてくれてありがとう!となにかご褒美をあげるに決まっている。
全く安倍総理は私たちのことを理解していない。
彼の国籍が知りたいものだ。
非思量。
非思量。
禅の世界で、頭の中をからっぽにして心を無の状態にすることを『非思量になる』と言います。
こんな話があります。
達磨大師のもとで慧可が修行をしていた時のこと、
私は心配で仕方がないです。どうかこの心配事を取り除いてください。
と達磨大師にお願いしました。
すると達磨大師は、
では、私がその悩みとやらを取り除いてあげましょう。さてその悩みとやらはどこにあるのですか?出しなさい!今すぐ懲らしめてあげよう。
すると慧可は困りました。
心配事など目の前に差し出すことはできないからです。
では、そんなものに心を奪われても仕方がない。と非思量になる重要さを悟ったのです。
さて、それを自分に置き換えてみる。
実は、私たちはそんな実態のないことに惑わされています。
不安とは、得てして目に見えないものであり、また私たちが作り上げたものだと言っていい。
しかし、その不安と言うのは、口に出すと実体化するのではないか、と最近感じた話があるんです。
ここで書かせてもらっている第三次世界大戦の件で、最近いよいよミサイルが発射しまして冷戦だったものがついに戦になったのです。
その詳細はまた今度書かせてもらうとして。
フィリピン・ロシア
vs
アメリカ
の戦争です。
フィリピン・ロシアは、そのいわゆる不安に支配されていた。
それを留めていれば、それは実態のない曖昧なものだったはずなのに、それを言葉にして仲間を取り込んだ。
すると、その不安は、実体を持ち出して本来はフィリピン・ロシアの作り出したものにも関わらず、それに両国は襲われることになる。
それに襲われてるとは気づかぬ両国は、まるでアメリカがそれを作り出し、それを動かしてると言うように、アメリカに全て非がある。
と解釈するわけだ。
アメリカも確実に悪い。どちらかというとやはりアメリカの方が悪い。
とは言え、不安を実体化させたのはフィリピン・ロシアということを自覚すべきで、もしその不安を留めておけばそれは動き出さずに、消すことが出来たのではないか、と感じている。
私が達磨大師であれば、それを取り除くことが出来たかもしれない、と思うと歯がゆくて仕方ない。
ただ、話を戻すと自分達の持っている不安というのは一見大層大それた事のように感じるし、それを片付けなくてもうこの人生が終わってしまうように思うが、実は初めは実態がない小さな思い込みなのである。
それを言葉にし、共有し、主張することで、それだけが動き出し、自分がそれに襲われる。
もちろん、では悩みを口に出さない方がいいか、と言われると私はそれは出来ない。
私という下層な人間は、確実に悩みを大声で叫びそれを主張する。
非思量になる。
私からしてみたら、そんなこと分かってるけど出来ないんだよ、アホンダラ!
と、達磨大師に伝えたい。
彼はきっと、こちらの事情を知らない。
山にこもりすぎたのであろう。
修行もそちらの世界にずっとこもってしまえば、引きこもりと一緒なのではないか。
まるで、下界を知ろうとせず、そりゃ山に居たら悩みなんというのはタヌキに畑を荒らされたり、あのお坊さんの掃除の仕方雑じゃない?
という程度に決まってる。
言っとくが、達磨大師よ。
こちらの世界はそうも行かないのだ。
毎日戦争が勃発している世界で、悩みをここに出せ!と言ったからには、私だって戦争に巻き込まれるのだ。
そんな私にこの禅語を贈ることにしよう。
八風吹不動
これは、
・ 利(利益, 成功)
・ 衰(おとろえ, 失敗)
・ 毀(陰で誹る<誹られる>こと)
・ 誉(陰でほめる<ほめられる>こと)
・ 称(面前でほめられること)
・ 譏(面前で誹られること)
・ 苦(苦しむこと)
・ 楽(たのしいこと)
の、八風は、絶えず吹きまくっており、そのために人の心は、常に動いている。また、心が動くということは迷いであり、迷うことによって苦しみが伴うのです。
この動いてやまない心に落ちつきを与え、どんなに八風が吹きまくっても決して揺らがないようにする、それが禅。
ようするに、feel禅なわけです。
こんな1つの記事でこうも情緒不安定をあらわせるわたしには、まだまだ修行が足りないようです。
では、座禅組んできます。ドロン。
桜。
養老孟司の言葉にこんな言葉があります。
同じ場所に行って、同じ感想をもったならあなたは全く成長できてないと言うことだ。
もう満開ですね、桜。
写真を見返していて、ちょうど去年の。
去年お花見に行ったメンバーと一緒に今年もお花見に行ったんです。
あれは4月の上旬で、今年はやっぱり1週間から2週間早い開花だったね。とか言って。
それでね、彼女たちの一年前を振り返ってみると一年で随分変わってました。
子どもを産んだり、結婚したり、転職したり、海外に行ったり。
アラサー。
ちょうど女性の変化の時です。
みーーーんな変わってました、私以外。
それでね、また振り返ってみたんです。
私のここ何年かの人生。
2年前。ちょうど本当に2年前。
初めて部下を持ちました。
ここのタイトルにあるように色んな国出身の人たち。
あの一年は、本当に孤独でした。
誰も共感してくれないし、誰からも文句を言われる。
もちろん、私の力不足から来ることなんですが、初めてで。孤独というものが。
あれを経験してからね、2年。
どうかな、成長したかな。
みんなには人生の節目があったけど、私は自分の中で変われたかな。
なんて思ってて。
変われてなかった。
と言うのが結論。
私は相変わらず不器用なままだし、
伝え方も下手でやってもらいたいことが伝わらないことが多い。
英語も勉強したけど分からないことだらけだし、
常識が違う人と擦り合わせて行くのはやっぱりまだ慣れない。
そんな相変わらずな私なんですが、けど確実に変わったことがあって、それは周りでした。
ずーっとやる気を見せなかったロシア人も掃除をするようになってくれたし、
やりたくないことを知らないふりするフィリピン人はやりたくないことも私に聞いてくれるようになった。
遅刻をするアメリカ人は、本当は待遇が悪いから辞めようとしてたけど、それでもスクールが好きだから、と遅刻をしながら続けてくれることになった。
周りがこの2年で確実に変わってくれて。
それはまぎれもない人のおかげなんですが笑
でも私は周りが変わってくれたおかげで、今年も違う景色の桜が見れそうです。
みんなそれぞれに人生の変化があるけれど、
目に見えるものばかりじゃなくて、
私のように人の変化で節目を迎えられることもあるんじゃないかな、って思いました。
人にそれがどう映るかは、分からないけど。
来年も再来年も
出来れば違う桜を見たいな、
と思います。
異文化理解ファイルNo.2~おばさん~
おば-さん【小母-さん】
1 よその年配の女性を親しんでいう語。「行商の小母さん」⇔小父 (おじ) さん。
2 子供に対して、大人の女性が自分をさしていう語。「小母さんにも見せて」⇔小父さん。
いつも彼女達と関わると思う。
自分もいつかこうなるのか。
気をつけたいがきっとどうしようもない。
こうして若者から嫌煙される運命、それをおばさんと呼ぶのであろう、と。
とは言え、この社会を回しているのは実はおばさんだと言って良い。
ブルゾンちえみが、男は35億いると言って世のアラサー独身女性をホッとさせ、
なんだ。まだ焦らなくても良いか。
などと、言ってウイスキーを飲んでいたあの人は今もうおばさんであるように、おばさんというのは溢れかえっている。
日常を振り返って欲しい。
コンビニに行けばおばさんがレジを打ってくれているし、
薬局に行けばおばさんが良いお薬情報を教えてくれ、
ヨガに行けばおばさんがおしゃべりしながらヨガをしてると見せかけてほぼおしゃべりをしているし、
友達や彼氏の家に遊びに行って、美味しいご飯を出してくれているのもおばさんであるし、
なにより一番身近な母親がおばさんだ。
どこを取っても私たちはおばさんと切っても切れない関係であることが分かる。
とは言え、
とにかくおばさんは、よく喋り、要らないことを言う。
まるで、要らないことが重要かのように伝えて来るし、つじつまが合わない話を5、6個は持ち合わせていて、それがなんと彼女たちの中ではつじつまが合っているように話す。
私は、と言うとそういった会話が大の苦手だ。
例えば職場でよくこう言う会話がおばさんと繰り広げられる。
『あ、そう言えばアレどうなった?』
と言われたら、待つしかない。
アレが何なのか分かるとでも思っているのだろうか。
私は超能力者でも長年連れ添った亭主でもないことを全く分かっていない。
その後彼女達はこう続ける。
『あのさ、こないだ渡したアレの中に入ってたアノ人のこと!』
文章で見れば明確だ。
これはもうほぼなにも伝えられてない。
クイズ番組だとしても、最低のクイズだ。もう少しとんちを聞かせてほしい。
そうすると今度はこう言う。
『そう言えばあの人って話し方変わってたよね。カラコン入れてアイメークばっちりしてます!って感じだったし。』
見てごらんなさい。
もうほぼなんの会話にもなっていない。
それで、話を戻し、その事柄について返答するまでに掛かる時間は5分だ。
本来の質問は、
『こないだ面接した〇〇さんの件、どうなりました?』
で済むので、30秒もかからない。
だけどもおばさんの手に掛かるとものの見事に話がズレる。
そんな人たちと会話すると言うのは極めて困難で、時にはイラつきさえ覚える。
ただ、思い出して欲しい。
私たちの社会はおばさんで回っているのだ。
彼女達をないがしろにしたら、私たちが社会から追放されるのだ。
腹が立つ。
なぜ、そんな嫌味を言えるのだろうという言い回しをしてくる。
さっき言ったことをまるで初めてのように聞いてくる。
大きい声で悪口を言ったりもする。
ただ怒ってはこちらの負けなのである。
私たちの愛すべき母親は全員おばさんであるし、女性はなんと漏れる事なく全員おばさんになるのだ。(一部の男性も)
そうなると、もはや私たちが間違っているような気もする。
きっと彼女達が正解だ。
彼女達が白といえば、確実に漆黒の闇でもそれは白いわけだし、彼女達が美味しいと言えばそれが腐りかけのものでも美味しいのである。
これは科学的にはまだ証明されていないが、実は女性は確実に羞恥心というものを40台前後で置いてきてる。
パーキングエリアの女子トイレが混んでいたら、
『今日だけオトコ!』
と言って男子トイレに入り、まるで並んでいるこちらが間違っているかのような顔をしているし、
電車で隣の席が空けば自分の荷物を置いて、確実に目の前に立っている人が座りたいだろうに、少し離れたところにいる友達を呼びその人を座らせる。
ただこの行動はある意味正しい。
マザーテレサはこう言っている。
If you can’t feed a hundred people, Then feed just one.
100人の人に与えられないのであれば、1人に与えなさい。
そうなのだ、おばさんはこの言葉を知っている。
トイレに並んでいる全ての人にトイレを譲れないのなら、男子トイレに入りなさい。
電車の人全てに席を譲れないのなら、友人に譲りなさい。
まさに彼女達はマザーテレサだと言っていい。
愛を持って、日本のマザーテレサと今後も接しようじゃないか。
9つの棚。
高校生からずっと使っている洋服ダンスの9つの棚があって。
奥行きもあるし、使い勝手がとてもいい。
その9つの棚に、高校生の時は溢れる程服が入ってました。
ハンガーにはたくさんのジャケットやストールもかけてあって。
それがだんだんと棚が開くようになってきて、今は3つの棚が空っぽになりました。
6つの棚にも溢れる程入れずに、開けたら何が入ってるか分かる程度のものが入ってる。
夏服も冬服も。
私自身の選択もその棚みたいなもので。
昔は棚いっぱいに色んなものを詰め込んでいたと思うんです。
それは、興味だったり、好奇心だったりすることもあるけど、虚勢だったり、意地だったりもした。
私はこんなにたくさんの物をもってるよ!
と、誰だか分からない誰かに見せびらかしていた。
ただ、その中で大切にしていたことって意外と少なくて本当は溢れさせなくても、見せびらかさなくても大丈夫だったんだな。と最近気づいて。
自分でいい。
と言う自信がついたんだと思います。
私は私でいい。好きなものは好きでいいと。
学生時代ってたくさん情報がある。
社会が狭いから、その小さな社会で流行りなんかもあったりして、うっかりボーッとしているとそれがすごいスピードで走っていって置いてけぼりにされている。
置いてかれないように必死に走るんだけど、トラック半周は遅れてついていってしまう。
その時に追いかけてるものに霧がかかってほとんど見えなくても、何があるかではなく、着いていくということが目的になってる。
私が何かすら分かってなかったんだと思うんです。
私が何が好きで、
私はどうゆう性格で、
私はどんな人が好きで、
私はどんな風にされると嬉しくて、
私はどんなものに興味があって、
私はどんなふうになりたいか。
そんなの分からなくて当然なんですが、たかが10数年しか生きてないわけですからね。
だからこそその小さな社会に必死で追いつくしかなかった。
それはある意味その頃の麗らかな十代の青春にはとても正しいことだったのかもしれない。
現在、29歳。
自分自身のことが少し分かってきたようで、
社会が広く、
世界はもっと広く、
追いかけることは自分が好きなものであるべきことが分かった。
疲れたら給水してもいいし、
霧が出ていたら晴れるまで待ってもいい。
そんなふうに思うと、取捨選択が上手くいきます。
人に対しても、やはり大事な人を大切に出来るようになってきた。
それは、全員に好かれなくてもいいと思えるようになったからで、それはつまり自分に少し自信がついたからです。
自分に自信がないと、そんな大見得切れない。
よくいう話ですが、
あーもうブスで嫌だ。
また太っちゃった〜。
というカマトト女がいますが、あれは本当は自信があるから言ってるのです。
私なんていうのは、そんな風に言ったら更に自分が落ち込むことを分かっているし、周囲が冷笑することも予想できるのでそんなこと全く言えません。
自信がないんです。そこは多分もうずっと。
人を否定するのもある意味自分を肯定してないと出来ません。
自分の意見や感覚に自信がないと出来ない。
とは言え、やはりこうして人と関わってきて、合わない人は出てくる。
それをどう処理するか、って大事です。
自分を否定もできます。
私のこういうとこが悪かったんだ、だからこうゆう態度を取られてしまったんだ。私に落ち度がある。
自分を肯定もできる。
私は誠実に接してきたのに、あんな態度はない。彼は全く考えが行き届かない石頭な人間だ。
どちらも同じ問題が起きているのに、捉え方で180度変わってしまう。
どちらが正しいという訳ではなくて、その状況に置いて対応した方がいいに決まってるんですそんなの。
ただ、自分に自信があると言うのは後者になり得るし、少し生きやすくなるな、と。
自分でいていいのであれば、たくさんの物を置かなくてもいいのかもしれないな。
なんて思いました。
ミニマリストになりたいわけじゃなくて、好きなものだけでいいな。とやっと思えたと言う話です。
第三次世界大戦。
現在、うちのスクールで戦争が起きている。
ミサイルのボタンこそ押す国はまだ出て来ていないが、どの国もピリピリと緊張感で張り詰めているのが手に取るようにわかる。
きっかけは、アメリカがうちのスクールに友好条約を持ちかけて来たことだった。
元東大生である社長は、なんの疑いも相談もせずに彼との条約を結んだ。
彼は経験も積んでいて、何よりネイティブのアメリカ人だという事で初日から凄い勢いで子どもたちをまくしあげてきた。
それを見たフィリピンが、何ということをするんだ!全く見るに耐えない。彼を即刻辞めさせるべきだ、と主張してきたのだ。
両者どちらも極端なのだ。
みんなの顔色を伺い、個性なんて持ち合わせてない生粋の日本人の私からしたら、もう少し様子を見たらどうだろう。の一言に尽きる。
それについて、元東大生である社長がフィリピンから話を聞いたため、フィリピンに肩入れをしてアメリカとの条約を打ち切りにすると言い出した。
とは言え、アメリカが黙っているはずもなく、話が違う!と更にデモを引き連れ(ているような勢いで)デモ活動を行い、やはりアメリカとの条約は継続する運びとなったのだ。
その後、アメリカはフィリピンに嫌われていることを社長の口から聞き、両国の冷戦は始まった。
そこに参入してきたのが、ロシアだ。
ロシアはアメリカと別の場所で会っていたのだが、アメリカが持ち出してきた『デートに行きませんか条約』を見事シベリアの寒さとともに断っていた。
ロシア語の辞書の中に『愛想』と言う言葉がないように、彼女にもそれはない。
それに加えて、条約内容が気に入らなかったロシアは、あくまでも外交としてアメリカにとにかく冷たく接した。
その冷酷卑劣(あくまでもアメリカにとって)な態度に怒りを覚えたのがアメリカだ。
元々プライドが高く自分がネイティブのアメリカ人と言うことが日本のインターナショナル界に置いて価値が高いと自己評価している彼は、英語に至ってはネイティブではないフィリピンとロシアをとにかく叩いた。
教え方が違う。
発音が悪くて分からない。
あのロシアの態度は何だ。
ロシアとフィリピンに聞こえるように大きな声で、小心者の日本人に伝えてくる。
それを聞いてもちろん、気分を害したのはフィリピンとロシアである。
そこで、
フィリピンとロシアは友好条約を結んだ。
そして共にアメリカと戦う道を選んだのだ。
それが現在勃発している第三次世界大戦の始まりである。
アメリカ
対
フィリピン・ロシア
これは現在の外交がもしかしたらこんな縮図になっているのではないかと思わせるほどの緊張感だ。
『どっちも自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ。』
かの有名な未来から来た猫型ロボット、ドラえもんが言っていたように戦争はこうして起こる。
それに巻き込まれるのはいつだって、個性を持たない平和主義を戦後教え込まれ続けた日本人なのである。
異文化理解ファイルNo.1~子ども~
この世で一番怖いもの、それは子どもである。
子どもというのはルソーの教育論により18世紀に発見されたとされている。
それ以前は、子どもという概念がなかったことになる。
私自身、じぶんの子どもを持ってないまでも、毎日子どもと戦っている人間としては、子どもは本当に恐ろしい存在であるが故に、ルソーが発見しなかったとしたらどうなっていたか、と考えると恐ろしくて、濃厚なエスプレッソを飲むことでしか自分を落ち着かせられないほどだ。
まず子どもは、嘘を平気でつく。
朝、今日お昼のお野菜全部食べるー!
と張り切って言っているかと思うと、
全く食べない。
食べるといったのに!とこちらが主張すると、無視だ。
まるで黙秘権を使われているようで、かつ丼でも出したくなるが彼らにかつ丼なんて言うものは全く通用しない。
こちらが引く姿勢を見せずに、食べるまで褒め褒め攻撃で攻めていくと、泣く。
泣くのがその日三回目であるにもかかわらず、まるでこの世の終わりのように泣く。
お野菜を食べると主張したのは、子ども側にもかかわらず、まるで私が悪者であることを主張するように泣く。
これをやられると、ほぼ私の負けは確定で、手を引かざるを得ない。
仕方ない。食べなくてもいいよ、と伝えるとなんと見事に泣き止む。
素晴らしい演技力だ。
私が演出家であるのなら確実に彼らを映画に起用するが残念ながら、そうゆう場面になると全く泣かないことも私は知っている。
また子どもは平気で私を嫌いと伝えてくる。
大人がどれだけ傷つきやすい存在か、カップぎりぎりに水が入っている状態で少し揺らしたらこぼれるように、風船にたっぷり空気を入れた状態で少しつついたら割れてしまうように、私たちはぎりぎりで生きている。
にもかかわらず、私が彼らの将来の歯を想って歯ブラシしようね。と問いかけたり、道を歩いているときに道路を歩いているので彼らの命を想って、まっすぐ歩こうね。と伝えているのに、彼らはなんとこう叫ぶ。
きらーーーーーーい!
これで、私の満杯のカップの水は溢れ、風船は割れるのである。
そして、極めつけは気分屋ということだ。
彼らは驚くほど意見を変える。
前述したように、朝お野菜を食べるといったのに3時間後のお昼には食べないという主張を見事黙秘権を使い押し切るし、お絵かきをしないと言ってからすごく楽しそうにお絵かきをしてプレゼントしてくれたり、嫌いと言った5分後に大好きと抱きついてくる。
全く信用できない人種である。
西加奈子の作品で『きりこについて』という小説の中で、彼女は子どもは酔っ払っている状態である。と述べている。
これは極めて正しく、極めて真逆でもある。
彼らは、酔っ払っているフリが出来るのである。
私が来週ピクニックでも行こうか、とその日の天気の良さに 浮かれて提案したものなら、その提案を実現するまでいつ行くのか、問い詰めてくることが出来るし、私がエルサも昔はオムツを履いてたが、彼女は脱いで今やプリンセス。プリンセスになるには普通のパンツを履かなくてはならない!と伝えると、翌日映画の中の小さい頃のエルサはパンツを履いてるかどうか分からない、証拠を出せ。と言ってくる。
私は、酔っ払っている時の記憶はもはや基本的にはない。
にも関わらず、子どもの記憶力は驚異的だ。ほとんど全て覚えている。
これは、酔っ払っているフリをしている、としか考えられない。
こんな扱いの難しい子ども達と毎日戦っている私たちには是非、国民栄誉賞と共に季節の野菜を毎月送ってほしいものだ。
そんな国民栄誉賞級のわたしからこの世で一番怖い子どもとの接し方をアドバイスするとしよう。
子どもとの接し方、それは
愛
だ。
愛があれば確実に子どもと上手くやれる。
まず愛してみると、向こうも時々愛してくれる。
毎日愛してもらおうとしてはいけない。
彼らは酔っ払っているフリが上手なのだから、時々しか本当の姿を見せてくれないのだ。
これであなたも明日から子どもマスターになれることでしょう。